史跡散策マップ

いのりの道(市中部)

人々から親しまれる七夕神社は正式名を媛社(ひめこそ)神社とも言い、8世紀に書かれた「肥前国風土記(ひぜんのくにふどき)」に記述が見られます。また、上岩田老松(おいまつ)神社には注連(しめ)ねり[市指定無形文化財]や五重石塔[市指定有形文化財]が残り、古くから地域に密着した信仰のようすを感じることができます。

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<距離・時間> 約5.5Km・2時間20分

 

30-上岩田老松神社

上岩田老松神社

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社伝では、社の鎮座していた場所を「神磐戸(かみいわと)」と呼んでおり、これが現在の上岩田の地名の由来としています。また、神功皇后が北部九州の征伐に向かったときの行在所(あんざいしょ)とも言われています。「老松神社」の名がついた神社は、太宰府天満宮と関わりが深いと考えられます。菅原道真が大宰府への道中で松を植え、「これが一夜で古木に成長すれば、自分の無実が晴れるだろう」と占ったところ、心が通じて古木に成長したため、これを神格化して祀った、という伝承があり、天満宮の境内には境内社として「老松神社」が置かれています。上岩田は中世に岩田庄(いわたのしょう)として太宰府天満宮の荘園だった地域だったことから、領民の信仰にも影響を与えたと考えられます。

31-稲吉老松神社(牽牛社)

稲吉老松神社

稲吉の氏神である老松神社は、上岩田老松神社と同様に太宰府天満宮の影響を受けて建立されたと考えられます。祭神として菅原神を祀っています。その後、下岩田の犬飼神(いぬかいしん)がここに合祀されました。犬飼神は七夕伝承の牽牛(けんぎゅう)であり、宝満川をへだてた対岸に媛社神社があることから、それぞれの神社を彦星・織姫になぞらえることが多いようです。


32-媛社神社(七夕神社)

媛社神社

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通称「七夕神社」とも呼ばれる媛社神社は、『肥前国風土記』にその由来が記されています。肥前国には旅人を殺害する「荒ぶる神」がおり、それを鎮めるために宗像の珂是古(かぜこ)という人に祀ってもらうことにしました。珂是古が社を建てる場所を決めようと幡(はた)を飛ばしたところ、幡は神の意を受けて御原郡の姫社の森に落ちました。その場所に社を建てたところ、「荒ぶる神」は鎮まったとのことです。この伝承からは、当時この地域が宗像氏の勢力とつながりを持っており、また、肥前国との間で境界に関わる祭事を行なっていた可能性がうかがえます。姫社神(ひめこそしん)・織女神(しょくじょしん)を祀るこの神社は、宝満川を天の川に見立て、七夕伝承の織姫として信仰を集めています。

33-玉垂御子神社

玉垂御子神社

玉垂御子神社は、地元大板井と南に隣接する小板井の氏神として信仰を集めています。祭神が久留米市高良大社に祀られている「高良玉垂命(こうらたまたれのみこと)」の御子神であることから、この名がついたと考えられます。同様の神社は筑後川流域に多く、文化のつながりがうかがえます。境内には、小郡市内でも3社にしかない瓦葺の楼門(ろうもん)が建っています。


 

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